2017年9月4日〜6日
二泊三日の熊本・鹿児島旅行
前に戻る

熊本市役所から観た熊本城全景




9月4日(月)
 今回、初めての鹿児島旅行であった。熊本は仕事や旅行で何度か来ているけれど、震災後の熊本城がどうなっているのか心配であった。

 羽田発10時15分のJAL627便で阿蘇くまもと空港に向かったのだが、月曜朝の通勤時間帯なのに京成中山駅で人身事故、京浜急行で接触事故が重なり、電車が遅れに遅れ飛行機に間に合うか気が気で無かった。どうにか15分前に登場手続きを終え無事に出発できた。

 予定通り12時丁度に熊本空港に着いた。ムッとする様な暑さである。東京は割に涼しかったので、余計に暑さを感じる。レンタカーを借りていざ出発である。丁度昼時なので、熊本タウンに向かい昼食を取ることにした。中央区安政町の「紅蘭亭」で並んで名物の太平燕をいただいた。初めて食べたが、塩味の海鮮スープにビーフンの麺が珍しかった。名物と云っても特別に旨いものではなかった。店から出たところで、今夜の夕食を予定していた「けんぞう」の前を通ったが、9月4日〜6日は都合により休みと張り紙がしてあった。ガッカリである。

 昼食後は、水前寺公園に向かった。平日なので閑散としていたが、中国人観光客がピーチクパーチクとやかましかった。


水前寺公園(水前寺成趣園)




水前寺公園・出水神社の橋

水前寺公園・神水「長寿の水」


水前寺公園・稲荷神社

水前寺公園・鷺かな?

 その後、熊本城に向かい「二の丸駐車場」に車を止め、震災で壊れた後を復興している様子を観察した。復活まで何年かかるか想像もつかない感じであった。最後に、「城彩苑」でおみやげを物色していたら、馬肉料理「菅乃屋」の出店があり、そこで今夜のホテルのすぐ近くにある「菅乃屋」直営の居酒屋を紹介され、早速電話予約をした。

 そして、宿泊予定の「熊本東急REIホテル」に向かった。駐車場の入口が分からずにホテルに確認に行ったりして、ウロウロモタモタして時間を無駄にしてしまった。ホテルの責任者が、申し訳ないとワンランク広い部屋を提供してくれたので、安い料金なのにラッキーであった。

 夕食は、城彩苑で紹介された「菅乃屋」で焼酎で馬肉三昧をした。居酒屋と行ってもお洒落で綺麗な内装であった。



大小天守閣と宇土櫓

宇土櫓


戌亥櫓

戌亥櫓


記念撮影・加藤神社

平櫓(土台石垣が膨張)


石垣が崩壊した北十八間櫓(モルタルで応急処置)

石垣が崩壊した東十八間櫓(モルタルで応急処置)


長塀(全長242m中、東側の80mが倒壊した)

石垣が崩壊した馬具櫓



9月5日(火)
 昨日に引き続き今日も蒸し暑い天気である。9時半頃にチェックアウトし、市内を抜けて御船ICから九州自動車道に入り一路南下して鹿児島方面に向かった。

 九州自動車道の八代から人吉、えびの、横川の区間は山の中を走るのでやたらトンネルが多い。溝辺鹿児島空港を過ぎ加治木JCTを過ぎたあたりから左手に桜島らしきものが見え隠れしてきた。約2時間半で鹿児島市内に入り、昼時なので、鹿児島中央駅西口に向かいバスチカの黒豚料理「寿庵」で、私は「黒豚ヒレカツランチ」、連れの彼女は「鹿児島MOZEグルメランチ」の昼食をいただいた。

 その後、城山に向かい「鹿児島まち歩き観光ステーション」でマップをいただき、歴史と文化の道あたりをウロウロして、西郷隆盛銅像、鶴丸城址などを観光して回った。城山展望台には明日行くことにして、とりあえず市内の「鹿児島ブランドショップ」に立ち寄ったが、残念ながら欲しかったお土産は販売中止になっていた。

 お土産は諦めて、指宿温泉に向かった。15時半過ぎに指宿「白水館」に到着。早速「元禄風呂」にのんびり浸かり、部屋に戻って、途中のコンビニで購入した冷えたビールで乾杯。少し休憩してから水着に着替えて屋外のプールに向かった。昼間賑やかに遊んでいた家族連れや子供たちはおらず、我々二人だけでプールで水遊びを楽しんだ。水温はかなり低めでビックリした。

 夕食は、鯛ずくしの刺身、黒豚しゃぶしゃぶ等の豪華さでボリュームが多く、もてあまし気味であったが、芋焼酎3種の利き酒セットを飲みながら食事を楽しんだ。



黒豚料理「寿庵」の鹿児島MOZEグルメランチ

鹿児島・西郷隆盛銅像


鹿児島・鶴丸城跡

鹿児島・歴史と文化の道


白水館・夕食メニュー



9月6日(水)
 朝6時過ぎに起床、早速「砂むし風呂」に向かった。スッポンポンに浴衣を着て、砂の上に寝ると顔だけ出して首から足の先まで温かい砂をかけられた。目の前に大きな時計があり、無理しないで10分くらいで出て下さいと言われた。なかなか気持ちよく眠りそうになる。10分で砂から出ると全身汗びっしょりである。備え付けの冷水で水分を補給し小梅で塩分を補給した。別室でシャワーを浴びて砂を落としてから、元禄風呂に入り部屋にもどった。

 9時半過ぎにチェックアウトし、玄関先でスタッフに記念写真を撮ってもらい、昨日遊んだプールサイドで記念撮影をした。海は蒸し暑さのせいか靄っていて桜島はみえなかった。



白水館・玄関前ニテ

白水館・プールサイド

 蒸し暑い中を、一路知覧を目指して出発である。1時間くらいで南九州市知覧町についた。市営駐車場に車を止めて「武家屋敷群」に向かった。汗がタラタラと流れるくらいくそ暑い中の観光である。平日のせいか観光客はまばらであったが、中国人のグループがピーチクパーチクと喧しかった。


知覧・武家屋敷群

知覧・武家屋敷群


武家屋敷・西郷恵一郎庭園


武家屋敷・平山克己庭園


武家屋敷・平山亮一庭園


武家屋敷・佐多民子庭園


武家屋敷・佐多直忠庭園


武家屋敷・森重堅庭園

 その後、知覧特攻平和会館を観光した。特攻隊員の写真、記録、遺品、遺書等を展示してあるが、遺書を読み涙を流している若い人もいた。

 太平洋戦争末期の沖縄戦で昭和20年3月から6月くらいの短い期間に、知覧、都城、熊本、台湾の各基地から1000人を超える若者たちが、家族や国の将来を思いながら死を覚悟して特攻隊として飛び立っていったのです。無駄死にだったとしか言いようがありません。

 何故、もう一年早く戦争を終結出来なかったのか?東京をはじめとして本土は空襲を受け焼土と化し、負けるのは明白だったのに、当時の無能な政治家や日本軍指導部の責任は重いと思います。残念無念であります・・・
 ちなみに、私は当時一歳の幼児(昭和19年3月生まれ)で全く記憶はありません。下記写真は、知覧特攻平和会館パンフレットからのコピーです。



特攻平和会館・陸軍四式戦闘機「疾風」

特攻平和会館・特攻出撃を見送る女学生達

 知覧で、思いのほか時間を費やしてしまったので、急いで鹿児島タウンの城山展望台に向かった。ランチをしている時間がなく、14時頃に城山展望台で桜島を撮影し、直ぐに熊本空港に向けて出発。空港近くでGSに立ち寄り15時ジャストにレンタカー事務所に到着。空港についてから、ラーメンを食べ空腹を満たし、16時発のJAL650便で羽田に向かった。


城山展望台から桜島を望む(14時撮影)