行先不明のミステリーツアー
2009年12月14日 〜 15日
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 今回は、クラブツーリズム企画のミステリーツアーに初めて参加してみた。紹介する観光スポット以外にも、クラブツーリズムと提携しているらしい「薄皮饅頭の柏屋」とか「那須高原のハニー牧場」など何ヵ所か連れて行かれ、結局いろいろと買い物をすることになったが、行先が不明の旅行もなかなか面白いものであった。難を言えば、ツアーの常連さんが、自慢げに行先を予想して声高に話すのが興をそいで煩わしかった。



12月14日(月)

二本松市の安達ケ原ふるさと村

 二本松・安達地方の偉人や文化人の業績・作品など展示した「先人館」以外は無料であるが、平日のせいなのか?わからないが、施設内は閑散としていて、休業状態のものが多く、特に見るべきものはなかった。

郡山市のデコ屋敷
 大黒屋伝統資料館では、本家大黒屋が代々受け継いできた張子人形作りを始め、木馬(きんま)羽子板、各種お面、ダルマなど、江戸時代旧三春藩免許の御用制作者であった橋本貞雄家の歴史と伝統を示す数々の資料を展示している。ここでは初期の土人形から張子人形への変遷を示す土型を始め絶妙優美な古木型類、三春駒(木馬)の原型、三春羽子板など貴重な資料のほか、この山間の寒村で優れた庶民の文化を生み出した祖先たちのなみなみならぬ努力を感じさせる多くの文書資料や暮らしの道具など、デコ屋敷の伝統を培ってきた様を知ることが出来る。
 彦冶民芸は、屋敷そのものが民芸調で、福島を代表する伝統的キャラクタである赤べこ・三春駒を筆頭に、天狗・ひょっとこ・狛犬など、魔よけや縁起物を含めチョット卑猥(エッチ)なものまでがビッシリと並んでいます。
福島市、作曲家の古関勇司裕而記念館
 明治42(1909)年福島市大町に生まれ、昭和5(1930)年9月に日本コロムビア(株)に作曲家として入社、以来、作曲活動を継続し、戦前においては「露営の歌」(昭和12:1937)、「暁に祈る」(昭和15:1940)等の歴史的作品を残したほか、戦後の荒廃した社会の中にあっては「とんがり帽子」「長崎の鐘」等未来へ希望を抱かせる明るい歌謡作品を発表し多く人に愛唱されています。
 さらに、菊田一夫氏とのコンビで昭和22(1947)年以降は放送作品に力をそそぎ、NHKラジオ・ドラマ「鐘の鳴る丘」「さくらんぼ大将」「君の名は」等の主題歌を発表し一世を風靡したことはあまりにも有名です。こうした数々の放送関係における業績により同28(1953)年NHK放送文化賞を受賞しました。また、昭和39(1964)年アジアで初めて開催されました東京オリンピックの選手入場行進曲「オリンピック・マーチ」 を作曲しました。 作曲作品総数は、5,000曲にもおよび、スポーツ・ラジオドラマ・歌謡曲・演劇・校歌・社歌等、多岐にわたっています。こうした一連の功績によって昭和44(1969)年には紫綬褒章を受章しています。
 また、昭和54(1979)年4月には福島市名誉市民第一号となり、その功績と栄誉をたたえられています。

                         ⇒ 《 本文は、古関裕而記念館ホームページよりの抜粋です。》

《宿泊》 白石市の鎌先温泉 ⇒ 「すゞきや旅館」
 600年以上も昔、里人が鎌の先で発見したと伝えられる鎌先温泉は、南蔵王不忘山麓の温泉郷です。奥羽の薬湯として知られ、神経痛、手術後の保養などに効果があり、「キズに鎌先」と言われています。

12月15日(火)

白石川(松ヶ丘)河川公園

 白鳥の飛来地として有名な公園。対岸には東北本線の東白石駅があり、土手は舗装道で駐車場とトイレがあり、河川の反対側には溺れた生徒を救出して殉職した小野訓導の碑が立っている。
 朝、寝起きに「すゞきや旅館」の窓から初雪がハラハラと散るところを観ることが出来、早朝の白石川では、白鳥が群れをなして飛んでいる姿をみることが出来てラッキーでした。
世界のガラス館
 有名な”野口英世記念館”の向かいにあり、ボヘミアンガラス、ベネチアンガラスなど世界的に有名なガラス製品を集めた展示即売館で、特に二階は超高級品が並べてあり、ミュージアムの様な雰囲気です。世界のガラス館は、1999年夏の会津旅行以来10年振り2回目の訪問でした。

鶴ケ城
 会津若松市追手町にある。観光名所として一般的に鶴ヶ城と呼ばれているが、地元以外では会津若松城と呼ばれることも多い。文献史上では黒川城、会津城とされることもある。国の史跡としての指定名称は「若松城跡」である。
 本丸は1960年(昭和35年)までには現在の形状に復旧された。現在の天守は1965年(昭和40年)に鉄筋コンクリート造により外観復興再建されたもので、内部は若松城天守閣郷土博物館として公開されている。
 1990年(平成2年)に茶室「麟閣」(福島県指定重要文化財)が本丸の元の場所に移築復元され、平成5年(1993年)外濠跡等の外郭遺構の一部が国の史跡に追加指定された。平成9年(1997年)史跡内の駐車場や運動施設等を史跡外へ移転する内容等を含む長期的、総合的な「史跡若松城跡総合整備計画」が策定された。平成13年(2001年)本丸内の干飯櫓(ほしいやぐら)と南走長屋が復元されている。
 現在、2015年度までに若松城の瓦を黒瓦から本来の赤瓦に戻す計画が検討されている。また、御三階も併せて復元される予定である。
天守閣から磐梯山を望む

《グルメ情報》
 鶴ヶ城の付近で、昼食を食べようと探し歩いて、城前で美味しい蕎麦屋を発見した。更科系の蕎麦を出す品の良い小奇麗なお店で、新蕎麦が美味しかった。お値段は安価で、ざるそば700円、ごまもち400円、本日のランチ(ざるそば/かけそば+ミニ牛丼セット)900円。  ⇒ 「蕎八かやの」


会津酒造歴史館
 会津の地酒・地焼酎を代表する宮泉[みやいずみ]銘醸の醸造蔵や資料館を若い女性ガイドの案内で見学した。酒造りの歴史資料の展示や、酒・焼酎造りの工程を紹介している。きき酒コーナーでは無料で試飲をさせていただいた。丁度、仕込みの時期だったのでフワーといい香りが漂っていた。お酒が全く飲めないという添乗員の女性は、この香りだけで酔ってしまったらしいです。

塔のへつり
 福島県南会津郡下郷町にある景勝地。河食地形の奇形を呈する好例として、国の天然記念物に指定されている。全長200mにわたって、大規模な奇岩が整列している。主なものには屏風岩、烏帽子岩、護摩塔岩、九輪塔岩、櫓塔岩、獅子塔岩、鷲塔岩などがあり、吊橋をわたって奇岩を巡ることができる。大川(阿賀川)が百万年の歳月をかけて、浸食と風化を繰り返した結果出来上がった見事な景観である。
 「へつり」とはこの地方の方言で川にせまった崖や急斜面のことをさす。漢字では「山冠の下に弗」と書くが国字(漢字にならって日本で作られた文字)のため一般的には「へつり」と表記する。